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8月25日(土)14:00~港町診療所に50名の仲間が集まり、福島第1原発収束廃炉作業、玄海原発の定期検査に従事して被爆し白血病を発症し労災認定され、現在、東京電力、九州電力に対し、損害賠償を求めて東京地裁で係争中の「あらかぶさん」を北九州から招いて学習会が行われた。「あらかぶさん」に加えて、被ばく労働を考えるネットワークの「なすびさん」を講師として、「なすびさん」が質問し、「あらかぶさん」がそれに答え、「なすびさん」が解説を加える形で会は進められた。

「あらかぶさん」は平成23年、東北大震災の時は36歳であった。4月ごろ知人から福島の原発事故の収束作業を手伝わないかと声をかけられ、「東北の人たち、福島の人たちの役に立てるなら、自分の溶接の技術が役に立つなら、少しでも力になりたい」と思い、仲間を募り福島に向かった。「あらかぶさん」は、2017年2月東京地裁で「私の生まれ育った北九州では、誰かが困っていて、自分が助けになるなら、見て見ぬふりはするなという、義侠心というか、そういった風土がありますので、私も、これはいかにゃならんだろ、とそう思って、福島に向かいました。」と意見陳述した。

原発事故の作業現場では、まずその管理のずさんさに驚かされたという。現場監督のAPDが鳴っているのに現場監督は「大丈夫、大丈夫」とAPDを解除する、作業員の人数分鉛ベストがないのに「着ないでも、こっそり入れ」と指示された。それでも「あらかぶさん」は危険な作業にも「福島のために一刻でも早く原発事故を収束させたいという思いで一心に頑張って作業した。」

2013年12月頃から熱が続き咳が出る症状に悩まされるようになった。最初は風邪との診断であったが2014年1月に白血病と診断され、手回しのドリルで胸や腰の骨に穴をあけるなどつらい闘病生活であった。それでも妻と子供たちのためと思い何とか耐えて頑張ったところ、8月にようやく退院できた。

「あらかぶさん」は、「福島の原発事故の収束作業に従事した多くの労働者の一人として、他の作業員たちのためにも、今声をあげる責任があると思いこの裁判に踏み切りました。国が労災と認めているのに、東電は賠償しないというような言い分が許されるのでしょうか」「私たち原発作業員は、何とか事故を収束させたいという、その一心で作業に当たりました。しかし、東電らはその作業員の思いにこたえるような労働環境を用意するどころか私たち労働者を使い捨てにするような扱いをしてきました。」「私はこの裁判で、東電らのそのような姿勢、体質を明らかにし、その責任を認めさせることで、今後そのようなことが繰り返されないことを求めます。」と意見陳述で語った。その後活発な質疑応答、懇親会。