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神奈川シティユニオン執行委員の平間さんは、1989年韓国スミダ解雇撤回闘争への取り組みを契機に平間さんは母国である韓国の労働者への関わりを持ちました。平間さんは1990年から、神奈川シティユニオン村山敏委員長らと連携して韓国から日本に出稼ぎに来た労働者の支援活動を開始しました。平間さんの韓国人労働者への支援活動は今日まで続く大変息の長い活動でした。

このころ多くの韓国人労働者が日本に出稼ぎに来ていましたが、大半は就労ビザを持たないオーバースティの状態で働いていました。このため、働くことが出来たのは、港湾の荷役や、中華料理店の下働き等に限られていました。

不法滞在という弱い立場の労働者に対して、雇用主は劣悪な労働条件と低賃金を強要していました。多くの人が寿のどやで生活していました。健康保険は雇用主が加入手続きを行わないため、病気や、怪我になっても治療を受けることが出来ませんでした。平間さんは上原功宏神父らとともに医療相談に取り組んできました。そして、平間さんは個人的に助けることが出来ないと考え、横浜の港町診療所の協力を得て、平間さんは代表を引き受け、日本で最初の移住労働者のために民間の医療保険である「健康互助会」を作り上げました。韓国からの移住労働者も毎月健康保険料程度のお金を出せば、この診療所で治療を受けることが出来るようになりました。医療支援の活動を通して見えてきた労働問題に取り組むために平間さんらは神奈川シティユニオンに協力をもとめました。

1991年から1996年の時期には神奈川シティユニオンは、数多くの韓国出稼ぎ労働者の労災、解雇、賃金未払事件に取り組みました。労災事故が起こってもそれを隠そうとする企業、人手が余ると安易に解雇する企業、賃金を支払わない企業、特に強制送還された韓国人出稼ぎ労働者の対する賃金未払事件が数多く発生し、神奈川シティユニオンはこれらの問題に勢力的に取り組みをしました。

そうした神奈川シティユニオンの取組の中で平間さんは通訳としてではなく、韓国人出稼ぎ労働者の悩みを共に悩み、彼らの闘いを共に闘い抜きました。だからクリスチャンネームのマリアさんの名前で親しまれ、誰でもが安心して頼ることが出来る人として信頼を得て来たのです。

韓国政府は平間さんの活動を高く評価して、平間さんは韓国人権賞を受賞しました。12月8日ソウルで授賞式が行われ、平間さん、村山さんが参加しました。2月17日(土)には川崎の産業振興会館1階ホールで「平間さんの韓国人権賞を祝う会」が開催され、全造船関東地協労働組合、移住者と連帯する全国ネットワーク、川崎南部労組交流会等、闘う仲間150名からお祝いされました。